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新書道 ~Misuzu-ism~

夢と野心

最近、「野心のすすめ」という新刊が話題になっていて、著者の林真理子氏がその主旨を語っているのをよく耳にします。

聞いていると、「なるほど、これでいいや~、と諦めるのではなく、目標に向かって行動することで、世間でよく言われる、足るを知る・ではないのです!」というお考えのようです。

彼女の場合、「ファーストクラスに乗る、ブランド品を難なく購入する、豪邸を建てる、偉くなって見返してやる」 って事を明るくポジティブに捉えているのが、世間の憧れになり共感を得るのですね。


私も聞いた直後は、「う~~~ん、ナルホド、足るを知る、で満足してはいけないんだ~ 」ってちょっとは同感したのですが、、、

書家として、文字の由来が気になって来ました。

「夢と野心はどうちがうの?」って。


まず意味を調べました。(三省堂大辞林による)

野心とは→現状よりもさらに高い権力、名誉、財力等を得ようとする心。ひそかにいだいている分をこえた望み。

夢とは→睡眠時に生じるある程度の一貫性を持った幻覚体験。将来実現させたいと心の中に思い描いている願い。実現の可能性のない空想。


次に、漢字についてしらべてみると、やっぱり興味深く、楽しー\(^o^)/(平凡社 白川静 字統より)

漢字の意味から言葉の意味の深意、神意が見えてくるから、文字の不思議さからは離れられません!

「野」   という文字の成り立ちから→犲狼(さいろう・山犬、狼、貪欲で無慈悲な人)の子は、山野の心を忘れず本性たる野心を失うことがない。 人の非望を抱くものを野心という。

「夢」  という文字の成り立ちから→高貴な人にとっては、夜の睡眠中に夢魔となってその心を乱すもので、夢は呪霊のなすわざ。神霊の啓示として現れるのでその呪霊が夢の中で暗示をおこなう。 庶民の夢は自由にして楽しく、人の世も所詮は夢である。


かなり簡単のまとめてみたけれど、何となく「夢と野心」の違いが私なりに判りかけています。


野心とは、個人の努力・出来高に見合った権力、名誉、財力をめざすのだが、犲狼(さいろう・山犬)の貪欲さを兼ね備える。

夢とは、呪霊、神霊を伴うが故に、 芸術性に繋がる心に通じるのではないか?



社会的成功には権力、名誉、財力がついてくる。

では、個人の夢の実現には「足るを知る」という段階にとどまるのか?



これって難しい。。。。。


現代でいうと、「売れる」ってことが「野心」の行きつく先なのかも。


林真理子氏が文豪に匹敵する作品を一生かけて書きたい、って言っていた。

でも、世俗性と現代における「野心」は同義語のように感じられる。


真の芸術性は神性、呪性から離れられないのである。




誰もがPCのお世話になっている時代、興味深いサイトに出会った。
お月さま情報2013


色々思うに、私の感覚間違っていないな~~~

般若心経と、LET IT BE の こころ、ココロ、心  ←私の精神の根幹。

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ちょっと、重いテーマでごめんなさい



小阪美鈴オフィシャルHP








    
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by shobirei | 2013-07-10 00:20 | 神戸の女流書家 | Comments(0)